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長唄 「曽我物語(そがものがたり)」って何?

こんにちは、松永忠次郎です。

前回は源義経を題材にした 長唄を紹介しました。

今回は同じ時代を生き、曽我兄弟が父の仇 工藤祐経(くどうすけつね)を討ったという「曽我物語」を元にした長唄の紹介をします。

まず「曽我物語」とは

1193年5月、源頼朝の催した富士の裾野での巻狩り(当時の軍事訓練)の際に曽我十郎五郎の若き兄弟が父の仇である、同じく頼朝の家来 工藤祐経を討ち果たした事件がありました。

その後、室町時代初期に作者不明ですが物語として出来ていたようです。

その仇討物語を元に、謡曲(能)、浄瑠璃、歌舞伎、長唄など多くの芸能に作品が作られて、

「曽我物」や「曽我狂言」と呼ばれるジャンルを確立してきました。

特に江戸 享保時代(1716〜36)頃より各芝居小屋では毎年正月は曽我物の新作を上演するのが習わしとなって、江戸の人々を楽しませてきました。

現在にも残る人気演目は

歌舞伎では、

「寿曽我対面」(ことぶきそがのたいめん)

「矢の根」(やのね)

「助六所縁江戸桜」(すけろくゆかりのえどざくら)

など。

長唄では、

1767年初演 娘七種(むすめななくさ)

唄と鼓の掛け合う鼓唄(つづみうた)が唄いどころ。リズムに合わせて七草粥を作って無病息災でいましょうというユニークな曲です。

1787年初演 菊寿の草摺(きくじゅのくさずり)

工藤館へ踏み込む五郎を化粧坂少将(けわいざかのしょうしょう)が引き留めるという筋の曲。同じく、

1814年の「正札附」(しょうふだつき)では舞鶴が引き留めます。日本舞踊の会でも人気の演目です。

 正札付/藤間勝治郎 藤間小太郎

1841年初演 「五郎時致」(ごろうときむね)     長唄のお稽古で初期に習うとても基本が身につく良曲。同じく舞踊会でも歌舞伎でも人気の演目です。

 五郎時致/藤間小ゆう

 

1870年 長唄の大曲望月」(もちづき)では、仇討物語の中にこの曽我兄弟の仇討物語を語る余興が入っています。

今年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも工藤祐経、曽我兄弟がたびたび登場して、来たる1193年5月のその日のシーン、どの様に描かれるのかワクワクしております。

それにしても、調べてみると、工藤祐経も曽我兄弟の祖父さん伊藤祐親からとても酷いことをされていて、たまりかねた工藤は祐親を討とうとしてその子、即ち兄弟の父を殺めてしまうのです。なんだか気の毒に思えてきてしまいました。大河ドラマでも悪役イメージのキャスティングではないように見えます。

 

今私たちも長引くコロナ禍で、薬の効かない新しい感染症の流行る世の中を経験して、とても不安な日々を過ごしています。

ましてや現代の医療技術の無い、江戸時代の人々はこの数倍も不安で神仏の御加護を信じ、敬ってきたのではないかと思います。

曽我狂言が大人気となったわけは、

仇討はあっぱれ、五郎は豪傑ヒーロー=荒事(あらごと)=悪者を退治する   という考えと結びつき、医療の脆弱な当時に疫病退散、武運(運命)長久、子孫繁盛という願いを込めたのではないかと思います。

曽我物語と古典芸能はとても結びつきが強く、たくさんの演目が残されてきました。これからも大事にしていきたい日本の文化です。

私どもの古典芸能さろん体験教室では、ぜひ、長唄や日本舞踊の「五郎」から触れてみてはいかがでしょうか。

松永忠次郎

 

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